大垂水峠のバイク規制解除と現在|走り屋の歴史から取締実態まで全解剖
東京都八王子市と神奈川県相模原市緑区を隔てる標高398メートルの要衝、大垂水峠(おおたるみとうげ)。国道20号(甲州街道)の難所として古くから知られるこの峠は、昭和から平成にかけて関東屈指の「走り屋の聖地」として全国に名を轟かせました。週末の夜になると夥しい数のローリング族とギャラリーが集結し、過熱した危険走行の果てに深刻な多重事故が頻発。1987年には異例の「二輪車全面通行禁止規制」が敷かれ、ライダーにとって長く閉ざされた歴史を持ちます。
長年の封鎖を経て、現在では段階的な規制緩和が進み、かつての狂騒は静かなツーリングルートやヒルクライムスポットへと姿を変えつつあります。2026年3月末には長年峠を越えてきた神奈川中央交通の路線バス(八07系統)が歴史の幕を下ろすなど、交通の要衝としても大きな転換点を迎えています。なぜ大垂水峠は長期間にわたり二輪車を締め出したのか、規制解除に至った決定打は何だったのか、そして現在の路面状況や速度取り締まりのリアルはどうなっているのか。関係者の証言や現場の道路事情を交え、その全貌を解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:1980年代のバイクブームと『バリバリ伝説』の影響でローリング族が急増し、死亡事故激増により1987年に休日二輪通行止め措置が断行された。
- 要点2:道路交通環境の変化やライダーマナーの向上、警察庁による二輪規制見直し方針により、現在は125cc超の自動二輪車が通行可能だが、原付一種(50cc以下)は特定時間帯の通行制限が残存する。
- 要点3:路面には減速帯(チャッターバー)やグルービングが多数施され、移動式オービスや白バイによる取り締まりが厳格化。かつての攻める峠から「安全マージンを保つ通過路・観光路」へと変貌している。
【歴史と真相】なぜ大垂水峠は長年封鎖されていたのか?走り屋ブームの狂騒と代償
大垂水峠を語る上で避けて通れないのが、1980年代から1990年代初頭にかけて列島を席巻したバイクブームと、それに伴う大垂水峠の走り屋の歴史です。高尾山の南側を縫うように走る国道20号のワインディングロードは、都心からのアクセスが良く、適度な高低差と連続する中高速コーナーがライダーたちの挑戦心を刺激しました。当時大ヒットしていたしげの秀一氏の二輪レース漫画『バリバリ伝説』の舞台となったことも油を注ぎ、大垂水峠は「関東の走り屋の総本山」として神格化されていきます。
毎週末の深夜になると、改造マフラーの轟音を響かせるレプリカバイクが数百台規模で押し寄せました。峠の頂上付近に実在したドライブイン「富士見茶屋」の周辺は、膝を擦りながらコーナーを抜けるライダーたちを見守る無数の若者で埋め尽くされ、さながら非合法のサーキットスタンドと化していたのです。当時の特番インタビューや実話誌の手記では、「金曜の夜になると血が騒ぎ、富士見茶屋のギャラリーの前で転倒することだけは恥だとアクセルを開け続けた」という元走り屋たちの生々しい回顧録が数多く残されています。
しかし、その熱狂の裏で支払わされた代償はあまりに甚大でした。ガードレールへの激突や対向車線へのはみ出しによる正面衝突が相次ぎ、死亡事故や重傷事故が日常茶飯事となったのです。深夜の爆音被害に耐えかねた沿道住民からの苦情が限界に達し、八王子署および津久井署(現・相模原北署)は1987年、日曜・休日の特定時間帯において125cc以下の原動機付自転車を含む二輪車の通行禁止という極めて重い決断を下しました。かつて自由に風を切っていた峠は、自らの暴走が招いた結果として、ライダー自身の手でその扉を固く閉ざすことになったのです。

【規制緩和の真相】原付は走れるのか?排気量別の走行ルールと解除された3つの理由
約30年もの長きにわたり「二輪車通行止め」の標識が掲げられていた大垂水峠ですが、2010年代以降、段階的な見直しが進みました。現在、大型自動二輪車や普通自動二輪車(125cc超)は、曜日を問わず終日通行が可能となっています。この劇的な変化の背景には、道路行政と社会環境における明確な大垂水峠の規制解除理由が存在します。
第一の理由は、警察庁による全国的な「二輪車通行規制の見直し方針」です。全国二輪車普及安全協会や日本自動車連盟(JAF)などの粘り強い要望を受け、形骸化した古い交通規制を点検する動きが加速しました。第二に、中央自動車道の慢性的な渋滞時において、一般国道20号が果たすべき迂回路・生活道路としての公共性が再評価された点です。第三に、暴走族・ローリング族の絶対数が激減し、リターンライダーを中心とする成熟した交通安全マナーが定着したことが挙げられます。
ただし、ここで最も注意しなければならないのが大垂水峠の原付通行制限です。「大垂水峠のバイク規制は全面解除された」という誤った言説がネット上で散見されますが、これは明白な誤認です。排気量別の現行通行ルールを正確に把握しておく必要があります。
| 車両区分・排気量 | 現在の通行可否・時間帯 | 規制標識の内容・根拠 | 編集部の見解・実走上の注意 |
|---|---|---|---|
| 普通・大型二輪(126cc以上) | 終日通行可能(土日祝も含む) | 2019年までに順次規制撤廃 | 東京・神奈川間の快適なツーリングルートとして完全に実用可能。 |
| 原付二種(51cc〜125cc) | 終日通行可能 | 小型限定普通二輪の区分見直しに伴う緩和 | 通勤・通学スクーターや125ccツアラーも現在は通行可能。 |
| 原付一種(50cc以下) | 指定時間帯通行禁止(深夜帯等) | 「原動機付自転車(50cc以下)通行止め」補助標識 | 急勾配による速度差や路肩の狭さから、原付一種は依然として規制対象時間帯あり。現地標識の確認必須。 |
| 自転車(ロードバイク等) | 終日通行可能 | 軽車両としての通常規定 | ヒルクライムの人気コースだが、大型車の巻き込み事故に最大限の警戒が必要。 |
【実態検証】チャッターバーと速度取締|事故原因と現場目線で見えたリアル
現在の国道20号・大垂水峠を自動車やバイクで実際に走ると、かつての面影とは異なる「走りにくさ」に直面します。その最たるものが、カーブの手前や旋回ライン上に執拗なまでに埋め込まれた「チャッターバー(道路鋲)」と、路面に刻まれた縦・横のグルービング工法です。
二輪車でこのチャッターバーを踏み越えようとすると、激しい微振動とタイヤの弾性変形により、車体が激しくウォブル(ブレ)を起こします。これは明らかに「スピードを出させないため、ハングオンでインを突かせないため」に警察と道路管理者が意図して敷設した物理的なトラップです。路面中央のセンターラインには背の高いラバーポールが林立し、追い越しやすれ違い時の車線逸脱を力ずくで遮断しています。
現場を走行するドライバーやライダーが最も警戒すべきは、大垂水峠の事故原因の質的変化です。かつてのような単独のスリップダウンよりも、現在は「速度差」と「ブラインドコーナーでの対向車のはみ出し」が主因となっています。八王子側のストレートから神奈川県相模原市側の下り勾配へ入る区間は、見通しの悪い複合コーナーが連続します。地理に不慣れな観光客の乗用車がカーブの奥で急ブレーキを踏み、後続のバイクが追突する、あるいは大型トラックが車幅いっぱいに旋回してくる場面での接触事故が後を絶ちません。
さらに取り締まり体制もハイテク化しています。固定式オービスの設置有無に関わらず、近年では可搬式(移動式)オービスが下り直線の見通しが良いポイントにゲリラ的に配備される事例が確認されています。警視庁八王子署および神奈川県警の白バイが、都県境をまたぐ区間を常時ルーティンパトロールしており、大垂水峠のオービス・速度取締は関東の峠道の中でも依然トップクラスの警戒水準にあると認識すべきです。

【2026年最新】路線バス廃止の衝撃とロードバイク・ハイカーが交差する新潮流
2026年、大垂水峠をめぐる交通史において極めて象徴的な出来事が発生しました。八王子駅北口から大垂水峠を越えて相模湖駅を結んでいた神奈川中央交通の路線バス「八07」系統が、2026年3月29日をもって正式に廃線となったのです。利用者の減少や慢性的な運転手不足、さらには急峻な峠越えによる運行コストの増大が要因とされていますが、この廃止は地域交通やハイカーの動線に小さくない地殻変動をもたらしました。
大垂水峠は、高尾山から城山、陣馬山へと至る首都圏屈指の縦走トレイルがちょうど国道20号と交差する鞍部に位置しています。従来は「八07系統」のバス停を利用して大垂水峠から直接尾根道に取り付くスローハイクが親しまれていましたが、公共交通の撤退によって、今後は高尾山口駅や相模湖駅からの自力アプローチ、あるいはマイカーやタクシーの利用が必須となりました。
一方で、近年の峠にはかつてのローリング族とは全く異なる新しいコミュニティが形成されています。その一つがロードバイクによるヒルクライム愛好家たちです。八王子側からの登坂は平均勾配が比較的緩やかで路面幅もあるため、週末になると都内から自走してきたサイクリストたちが次々とピークを目指します。かつて走り屋の巣窟だった富士見茶屋の跡地周辺や沿道には、落ち着いた雰囲気のライダーズカフェやバイシクルフレンドリーな休憩施設が点在するようになり、旧車愛好家やツーリングライダーが一杯のスペシャリティコーヒーを求めて立ち寄る「大人の社交場」へと再構築されつつあります。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|心霊スポットの噂を検証
ネット上の掲示板や動画配信サイトにおいて、大垂水峠はしばしば「関東屈指の心霊スポット」としてセンセーショナルに紹介されます。「かつて事故死した走り屋の霊がガードレールから手招きする」「廃墟となった電話ボックスに白い服の女性が立つ」といったオカルトめいた言説が拡散されていますが、これらは現場の実態を知らない後付けの都市伝説に過ぎません。
噂の温床となったのは、近隣の津久井湖や相模湖周辺に実在した廃ホテル・廃道系の心霊スポットと、大垂水峠で昭和期に実際に多発した痛ましい交通死亡事故の記録が混同され、ネット特有の伝言ゲームによって合成されたものです。峠の途中に実在した公衆電話ボックスも、携帯電話の普及や道路拡幅工事に伴いすでに撤去されています。怪談じみた話を真に受けて深夜に肝試し目的で訪れ、減速帯でハンドルを取られて事故を起こすドライバーこそが、現場にとって最も迷惑な存在であると地元関係者は苦言を呈しています。
また、もう一つの危険な誤解は「国道20号だから全線が高規格で走りやすい」という過信です。同じ甲州街道でも、八王子市街地の平坦な片側2車線道路の感覚のまま峠に進入すると、急激なタイトコーナーとブラインドカーブの連続に足元をすくわれます。特に冬場の夜間から早朝にかけては、標高400メートル弱とはいえ山影のカーブが凍結(ブラックアイスバーン)しやすく、天候急変への備えを怠ることは命取りとなります。
【プロの結論】大垂水峠に向いている人・慎重になるべき人の判断基準
かつての「無法地帯」から「厳格に管理された幹線国道」へと成熟を遂げた大垂水峠。現在の道路状況において、ここを走行するのに向いている人と、ルート選定を再考すべき人の条件は明確に二分されます。
【大垂水峠の走行に向いている人】
- 歴史的変遷を味わいながらマイペースに流したいツーリングライダー:125cc超のバイクで、減速帯を無理に攻めず、景観や空気感を楽しめる大人な走りができる層。
- 高低差を計算してトレーニングを積みたいサイクリスト:都心近郊で本格的な登坂負荷を得たいロードバイク愛好家(ただし明るい昼間の走行推奨)。
- 中央道の小仏トンネル渋滞を回避したいドライブ上級者:タイトコーナーの運転に慣れており、車間距離と対向車マナーを遵守できるドライバー。
【走行を控えるか慎重になるべき人】
- かつての漫画やネット情報に憧れて「峠を攻めたい」走り屋志向の層:チャッターバーと移動式オービス、センターポールの餌食となり、免許取り消しや大事故につながるリスクが極めて高い。
- 原付一種(50ccスクーター)での夜間長距離移動を計画している人:登坂時の速度差が危険を生むだけでなく、指定時間帯の通行規制に違反するリスクがある。
- 夜間の悪天候時や冬季に山道走行の経験が浅いサンデードライバー:路面凍結や濃霧の発生率が高く、街灯の少ないブラインドコーナーでパニックブレーキを起こしやすい。

【大垂水峠】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大垂水峠は現在、バイクで通行すると警察に捕まりますか?
A1:排気量が125ccを超える自動二輪車(中型・大型バイク)および原付二種(51cc〜125cc)であれば、土曜日・日曜日・祝日を含めて終日通行が許可されており、捕まることはありません。ただし、原動機付自転車(50cc以下の一種)については依然として夜間などの通行制限が設けられている時間帯があります。また、全排気量において制限速度(時速40km)の超過や追越し違反は厳格に取り締まられています。
Q2:かつて走り屋で有名だった「富士見茶屋」は今どうなっていますか?
A2:ローリング族ブームの象徴でありギャラリーが集まった「富士見茶屋」は、すでに営業を終了し建物も解体・撤去されています。現在は往時のような不法集会は見られず、周辺には落ち着いたライダーズカフェやハイキング客向けの休憩スポットが点在するなど、健全な環境へと浄化されています。
Q3:ロードバイク(自転車)で大垂水峠を登る際の注意点は何ですか?
A3:国道20号はトラックをはじめとする大型車の通行量が非常に多いため、路肩の狭いブラインドコーナーでの巻き込みに細心の注意が必要です。特に下り坂では路面のグルービング工法(縦溝)にロードバイクの細いタイヤが取られやすく、スリップ落車の危険が高まります。十分な前後ライトの点灯と、減速を徹底した走行が不可欠です。
Q4:2026年の神奈中バス廃止後、大垂水峠へ公共交通機関で行く方法はありますか?
A4:2026年3月末の「八07」系統廃止に伴い、大垂水峠の頂上付近へ直接乗り入れる路線バスは消滅しました。現在公共交通機関を利用して峠へ向かう場合は、JR・京王線の高尾山口駅またはJR中央本線の相模湖駅からタクシーを利用するか、高尾山・城山山頂を経由する登山道を徒歩で縦走してアプローチする必要があります。
まとめ:歴史の傷痕を越えて新たなツーリング・登山の回廊へ
昭和の終わりから平成にかけて、若者たちの無軌道な熱情と深い傷痕を残した大垂水峠。かつての二輪車通行禁止という過酷なペナルティは、公共の道路をサーキット代わりにすることの代償を社会に教える苦い教訓となりました。
2026年現在の国道20号大垂水峠は、幾重にも施された安全対策と関係者の努力によって、穏やかなツーリングルートおよび豊かな自然を愛でるハイキング・ヒルクライムの回廊としてその価値を取り戻しています。往時の喧騒を物語るカーブの傷痕や残された原付規制の標識に歴史の重みを感じつつ、適切なスピードとマナーを守って峠の風を感じることこそが、現代のドライバーやライダーに求められる最も成熟した嗜みです。 (出典: 大 垂水 峠(Yahoo!ニュース))